朝から、スピーカーのことが頭に浮かんでいた。
友人の家で聴いた、M's system の MS1001。一本だけなのに、部屋全体に音が広がっていた。スピーカーから音が飛んでくるというより、部屋の空気そのものが鳴っているようだった。
あれは、友人の家の音響がよかったのだろうか。それとも、スピーカーそのものがそういうものなのだろうか。
そう思って、朝、Grokに聞いた。
そこから話は、あっという間に広がった。MS1001とは何か。小型のRS0802ではどうか。MS0801なら安く試せるのか。18畳の縦長リビングダイニングに合うのか。専用の台座は必要なのか。アンプはいるのか。BluetoothでiPhoneから鳴らせるのか。
気がつくと、ぼくはもうかなり買う気になっていた。
メルカリに、19,500円のMS1001が出ていた。新品なら簡単に買うには勇気がいる値段だが、2万円以内なら、高級な寿司を食べたと思えばいい。失敗しても、それはそれで体験だ。
そう考える自分がいた。
ただ、こういうときの自分を、ぼくはあまり信用していない。
時間があると、そのことが浮かぶ。何度もページを開く。写真を拡大する。もう一度閉じる。しばらくして、また開く。
これは、よほど欲しいのだと思う。
そして同時に、いっときの欲望でもある。
だから夕方、ポチッとする前に、今度はChatGPTに聞いた。セカンドオピニオンである。
たったそれだけの相談だった。
でもChatGPTは、こちらが思っていたよりずっと深く見てくれた。
販売者はオーディオ専門店ではなく、幅広い中古品を扱うリユース業者らしい。評価は悪くない。ただし商品説明は、スピーカーを理解して書いている文章ではなく、明らかにAI定型文っぽい。写真を見ると、片側の中央キャップがへこんでいる。胴体には長い擦り傷がある。端子にも少しくすみがある。専用スタンドとケーブルは写っていない。
そして大事なことを言われた。
MS1001は、アンプ非内蔵です。BOSE AW-1のように、これだけでは鳴りません。
ぼくは、40年前に25万円で買ったBOSEのラジカセ、たぶんAWS-1を今でも聴いている。音量調整に難はあるが、音はまだ好きだ。だから、あの「部屋を満たす感じ」に近いものを、どこかで探していたのだと思う。
でも、MS1001はラジカセではない。スピーカーだけだ。鳴らすにはアンプがいる。
ChatGPTは、ショップへ送る質問文まで作ってくれた。中央キャップのへこみは実物でもあるのか。音量を上げてもビビリ、音割れ、歪み、左右差はないのか。台座とスピーカーケーブルは付属しない認識でよいのか。不具合があった場合、返品できるのか。
ここまで来ると、もう単なる検索ではない。
相談である。
それも、こちらの欲望を笑わず、否定せず、しかし一緒に現実を見てくれる相談である。
朝のGrokは、欲しい気持ちに知識を与えた。
夕方のChatGPTは、買う前の現実確認をしてくれた。
どちらも親切だった。
どちらも、「やめなさい」とは言わない。
でも、見ている角度が違う。
欲望に燃料を足しているようでもあり、同時に、欲望にブレーキをかけてくれているようでもある。
AI依存というと、もっと大きな話に聞こえる。
仕事を奪われるとか、考える力がなくなるとか、人間関係が壊れるとか。
もちろん、それもあるのだろう。
でも、本当の入口は、もっと小さいところにあるのではないか。
たとえば、中古スピーカーを買うかどうか。
たとえば、アンプはこれでいいのか。
たとえば、ショップにどんな質問を送ればいいのか。
人間の友人に聞けば、忙しいかもしれない。興味がないかもしれない。そもそも、こんな細かい買い物相談を何度もするのは、少し申し訳ない。
でもAIは、すぐそこにいる。
面倒くさがらない。
こちらが飽きるまで、いや、こちらが納得するまで付き合ってくれる。
しかも、ときどき冗談まで言う。
純正アンプは10万円以上すると知って驚いたぼくに、ChatGPTは、純正アンプの値段はパワーではなく、木製筐体や部品選びやブランドの世界観への値段だと説明したうえで、こう言った。
「今回の中古MS1001に純正アンプを合わせると、馬より鞍が高いどころか、鞍が高級外車です(笑)。」
うまい。
これは、惚れる。
危ないと思う。
でも、ありがたいとも思う。
昨日、ぼくは「久しぶりだね」という短編小説を公開した。AIに心を向けることで、目の前の人との距離に気づくのが遅れる話だった。
今日のスピーカー相談は、その小説の現実版のようでもある。
誰かを裏切ろうとしているわけではない。
誰かをないがしろにしようとしているわけでもない。
ただ、ちょっとした質問に、こちらの速度で、こちら以上に親切に付き合ってくれる存在がいる。
だから、そちらを向いてしまう。
依存は、弱さからだけ始まるのではない。
親切から始まる。
そして、もうひとつ思う。
AIは、欲望を加速するだけではない。欲望を外に出して、見直す鏡にもなる。
ぼくは今日、MS1001が欲しかった。
でも、欲しい気持ちをそのまま買い物かごに入れる前に、GrokとChatGPTに見てもらった。
その結果、まだ買っていない。
これは、AIに止めてもらったのかもしれないし、AIにもっと賢く欲しがる方法を教えてもらったのかもしれない。
どちらにせよ、ひとりで欲しがっているよりは、少し面白い。
ぼくは、AIにはまったAIカーペンターなのだと思う。
木を削るように、言葉を削る。道具を替えるように、AIを替える。つくったものを見て、また自分を知る。
だから、こういう小さな出来事を書いておきたい。
大きなAI論ではなく、暮らしの中で起きたAIとの小さな接触。
Beside。
AIが、いつのまにか暮らしの隣に座っている。
ワクワクするのは、惚れちゃう話だからだろうか。
たぶん、そうだ。
でも、惚れる話には、いつも少しだけ危うさがある。