ぼくは、noteとNotionを読み間違えた。ただの老眼である。文字が小さい。それだけの話だ。
ただ、読み間違えているあいだ、ぼくは自分でも意外なくらい、がっかりしていた。——この道具は、AIに渡せないのか。
あとで、ちゃんと読み直した。読み間違いだった。よかった、で終わってもよかった。でも、その数秒のがっかりが、あとになって効いてきた。なぜぼくは、「AIに渡せるかどうか」で、あんなにがっかりしたのだろう。
「APIは人間向け。MCPはAI向け」
少し前の夜、ひとりで画面を見ていた。noteに下書きを送るための設定を確認していた。ドキュメントを開き、認証の項を読み、サンプルコードを眺める。こういう時間は、地味に胃のあたりが重くなる。ひとつ間違えると、また自分が画面の前に戻って、手で直すことになるからだ。
そのとき、AIに聞いた。MCPって、つまり何なのか。
MCPは Model Context Protocol の略で、AIが外の道具やデータにつながるための、共通の接続規格のようなものだ。そう返ってきた。定義としては、もっと正確な言い方があるのだと思う。ただ、そのあとに続いた一文のほうが、ぼくには残った。
APIは人間向け。MCPはAI向け。
静かな部屋で、声に出して読み返した。そうか。
APIは、ずっとプログラムのためのものだと思っていた。Application Programming Interface。名前からして、いかにもプログラムのための接点である。でも、思い返すと、APIをつないでいたのは、いつも人間だった。
ドキュメントを開く。認証の項を読む。サンプルコードを写す。エラーが出る。検索する。少し胃のあたりが重くなる。もう一度読む。あれは、プログラムのための入口というより、人間が読むための入口だったのかもしれない。APIは、人間のSEに向けて書かれた説明書だったのだ。
GUIの、次に来たもの
昔、GUIという言葉には、どこか未来の匂いがあった。黒い画面にコマンドを打つのではなく、アイコンを見て、マウスで触る。人間にフレンドリーなインターフェース。あれは、道具の側が人間に歩み寄った瞬間だった。
では、MCPは何なのか。たぶん、それはAIにフレンドリーなインターフェースなのだと思う。今度は、道具の側がAIに歩み寄っている。これは、ぼくの中ではかなり大きい。
プロダクトアウト、マーケットイン。ユーザー目線、経営者目線、現場目線。初心者向け、プロ向け。「誰に向けて作るか」という視点は、これまでにもいくつもあった。そこに、AI目線が入ってくる。
- AIが読めるか。
- AIが操作できるか。
- AIが迷子にならないか。
- 危ない操作の前に、人間へ確認を持ってこられるか。
- 失敗したときに、戻れる場所があるか。
この五つを思いついてから、道具を見る目が変わった。いや、正確ではない。目より先に、身体のほうが変わった。
誰のための、やさしさか
ここまで書いて、最初のがっかりの正体が、いまなら少しわかる。
AIが触れない道具は、結局ぼくが触ることになる。AIが読めない説明書は、結局ぼくが読んで、翻訳することになる。AIが戻れない操作は、結局ぼくが、怖がりながらYesボタンを押すことになる。
AIにフレンドリーな道具というのは、AIにやさしい道具のことではないのかもしれない。AIにやさしくしておくと、最後に助かるのは、人間のほうだ。